喪音

彼女がこの部屋に置いていった物……。
彼女との思い出と彼女の空間と彼女の好きなヴィジュアルバンドのCD。

 月五万の安いワンルームマンションの一室に、
いつまでもあの日のまま置き去りになっている。
あれからもう一週間経つのにカタズケられないのは、
僕の時間があの日のまま止まっているからだろう。
進むのは時計の針だけ。増えるのは灰と酒の空瓶。
いつまでも動かないまま、僕は過ぎていった日々に浸っていた。


 夏の太陽が我が物顔で浮かんでいた、ある暑い日の事、
17歳にして僕はロックバンドのGuitarとしてデビューした。
デビューといっても地元のライブハウスを借りて、
内輪での発表会に過ぎなかったが、
変わり映えのない毎日に嫌気が射していたこの頃の僕にとって、
唯一の刺激だった。確実に一定のリズム刻むBassやDrumの音、
それに合わせて僕のGuitarが鳴り響く。
その音を聞いてVorcalが叫び出し、客も叫び出す。
最高だった。
自然と笑みを浮かべてしまう。
勉強も学校生活もしっかり出来ない僕、
何をやっても不器用な僕、
そんな僕にとってコレだけが他人に見せつけられる自分だった。

 その夏が終わると、つまらない日常に引き戻された。
高校3年生、進路を決める時期だ。
だが僕には関係ないGuitarがあれば僕は食っていける……
そう思っていた。
が、もちろんそんなことは認めてもらえず、
大学だの将来だの沢山の事に縛りつけられ、
僕は自由を失う事になった。
そしてGuitarはとりあげられ、僕は文字通り抜け殻となり、
毎日が苦痛で苦痛で仕方がなかった。

 冬休みになり、自分の精神は限界に近付いてきた。
やる意味も内容も解らない勉強を押し付けて、
またそのために僕の全てを捨てた親や学校……。
お門違いとは解っていても自然と怒りが込み上げる。
けれどこれが普通なんだと思うと、
その「普通」にすら振り落とされそうな僕自身に、嫌悪と怒りを覚えた。

 そんな無色の日々に、色がつく日が訪れた。
冬休が終わり新学期が始まった日、
隣りの教室の友達にストーンズのCDを返してもらう時の事だった。
それを見た一人の女の子が、「あっ」と声を上げて寄ってきた。
「これ、あとで貸してくれない?」
彼女は手を合わせて、「お願い」と頼んできた。
僕はチョットそのしぐさにドキッとしながら、曖昧な口調で返事をした。
それを聴き取ると彼女は、嬉しそうに飛び跳ねてありがとうっと連呼した。
髪の少しながいローリング・ストーンズが好きな女の子……。
この言葉を聞いたなら、少し違う人間を想像してしまうが、
落ち付いた感じの、かわいい……と言うより綺麗な子で、
少なからずこの時点で好意をもったのは間違いないだろう。

 それを切っ掛けに、彼女と付き合う事になる。
彼女とは驚くほど音楽の趣味が似ていて、話していて飽きることがなかった。
洋楽はストーンズ、ピストルズ、ヴァン・へレン、ツェッペリンまで聴くと言う。
日本はミッシェルやブランキー、少し古いがブルーハーツ等も聴いている。
もちろん、彼女の言ったバンドのCDは殆ど買っており、
僕は話しが上がる度に彼女に貸していた。
ただストーンズに関しては、安かった輸入版を気紛れで買っただけ
(しかも一回しか聴いていなかった)ので、少しづつ買い揃えるようにした。
その輸入版で彼女と出会えたのだから、
まさにローリング・ストーンズ様々だった。

 二月に入り、受験が始まる。
受験日に逃げ出すつもりの僕だったが、彼女が受験すると聞いて、
一緒の大学を受ける事にした。
受験が終わって、二人とも受かったら一緒に
ミッシェルのライヴを見に行く約束をして……。

 結果は言わずと知れて、と言うべきか僕は落ちた。
元々勉強の出来ない僕が、彼女と同じ大学が受かる訳がなかったのだ。
幸い彼女だけは無事に合格をした。
その事を後日彼女に会って聞いたとき、僕は別れを覚悟をした。
けれど同時に彼女はこう言ってくれた。
「私は勉強が出来て、あなたは勉強が出来ない。
でも私は音楽が出来なくて、あなたは音楽が出来る。
それなのに、勉強だけで比べるなんて卑怯だと思わない?」
彼女はそう言ってライヴのチケットを二枚出して
「私の奢りね」と言って微笑んだ。

 そう僕には音楽がある。クサイけどこれが僕の全てだった。
押し入れからGuitarを出して、勘当当然で家を飛び出した。
さすがにGuitarを弾いて親の脛を齧るのは、
幾らなんでも悪い気がしたからだ。
持っているCDの大半を売り、貯金を下ろして一人暮しを始める。
高校の頃のバンドのメンバー達は大学を行きながらだが、
再結成に賛成をしてくれて再び一緒にステージに上がる事を約束してくれた。
僕はバイトと練習の日々を送る。辛くはなかった。
強いて言えば寂しかったが、時折彼女が来てくれるのですぐ充たされた。
その時、僕は決まって彼女に約束する。
僕がもっと大きくなったら一緒に住もう、と。
三流恋愛ドラマのような事を言っているけど、僕は本気だった。
そして彼女は本気でOKをしてくれた。
・・・だから僕は未来の見えない毎日がまったく苦しくなかった。
何故ならその先で彼女と一緒にいつまでも
好きな音楽の話しが出来るのだからだ。

 その「大きくなる」日は驚くほど早かった。
20になってまもなく、アマチュアでの名の知れたバンドとなり、
生活費だけならばライヴハウスでの収入だけで賄えた。
それの加えスーパーのバイトを続け、彼女との同棲を始めたのだ。
 僕等の部屋はいつも音楽が絶えなかった。
ある日はブラーやオアシスなどの最近バンドのを流しては
「この曲いいでしょ?」と僕に自身満々の顔で聞いてきたり。
またある日は彼女の気分で、ジョン・レノンを流がして、
昔の事を僕に語ってくれたり。
そんな彼女がいつでも愛しいかった。
僕は僕で、アコースティックギターを買って、よく弾き語りをした。
それを聴きながらいつも彼女は僕に寄りかかってくる。
こんな日々が永遠に続けばいいな……。
永遠って言葉じゃ安っぽいけど、そう思っていた。

 その翌年、インディーズに参加し僕達は軌道に乗り始めた。
若さもあり注目を浴び、何度かテレビに顔を出すようになった。
・・・そのためか家にはなかなか帰る事ができず、彼女を一人にさせていた。
だからその事をいつも彼女に謝る。
そうすると彼女は微笑みながらいつも
「気にしてないから、頑張って夢をかなえて」っとそう言ってくれるのだった。
僕は幸せだった。音楽をやりつつ彼女と一緒にいれる、 それでいて何の心配もない。
だからいつまでも夢に向かっていけた。

 そして二年過ぎた。
僕らは音楽雑誌でページを貰えるくらい有名になった。
レコード会社との契約も問題なく終わり、あとはCDの発売を待つばかりだ。
その事を伝えるために意気揚揚と家に向かい、
ドアを開けるといつも通り音楽と笑顔の彼女が迎えてくれる。
今日は聴いた事のない日本の音楽がかかっていた。
「これは何?」僕はGuitarを置いて彼女に聞いた。
台所から彼女が顔を出し「あぁこれね」と言って、
CDラックからCDを取り出す。
一緒に暮らし始めて四年経ち、
金が余ったらCDを買っていたし彼女がもってきた分もあるので、
気が付けば何百という数になっていた。
そこから少し似つかわしくない、美形の男のジャケットのCDを取り出した。
「最近、ラジオで流れてて、良い曲だから買っちゃった」
そういって嬉しそうに舌を出す。
曲調はロックをとっているが、歌い方にクセがあった。
僕は「ふーん」と頷いた。
けど僕はこのての歌い方が嫌いである。
かと言って止める程でもないので、その話題はその時で打ちきった。

 案の定、彼女は僕の報告を聴き目を丸くして驚き、
飛び跳ねながら喜んでくれた。
僕はそんな彼女をみてなお嬉しくなるのだった。
そう、僕は彼女の喜ぶ姿を見るのが嬉しくて音楽を続けている
と言っても過言ではなかった。
だからこうやって、彼女の喜びそうな事は真っ先に彼女に伝える。
そしてそんな彼女を強く抱き締める……絶対にはなさない、はなさないっと。

 この世に絶対と永遠なんてない、そうヴィジュアルバンドが歌っていた。

 その翌年・・・・・・今から二週間前、
2NDのアルバムを発売し僕等は日本で1.2位を争うバンドにまで成長をした。
けれどそれを伝える相手は、先週、僕の部屋から去っていった。
もうドアを開けても音楽は聞こえてこない。
そしてGuitarは昔ほど輝きは持たなかった。
いつだって彼女の笑顔の為に弾いていたのだから、
その行為も今になれば何でもない日常に溶け込んでしまう。
またつまらない日常に、あの辛く苦しいつまらない日々に帰りたくない。
けどレコード会社の指示通りの曲の作り、
企画通りのツアーをこなし、予定通りにアルバムを出す。
僕にとってなんの輝きもなかった、それが日常だったのだ。
彼女がいなければ、やはり苦痛でしょうがない。


 そんな日常に逃げたまま、僕は彼女のいた日々をアルコールの夢で思い出す。
この世に絶対と永遠なんてない……その歌詞が頭で流れながら、
ゆっくりと浸るのだ。

 また酒が殻になる。電話機の「留守番」ボタンがまた点滅する。
誰かが呼んでいる。
あの日常に。
変わり映えのない、日常に。
   酒を買いに行こうとたちあがる、
酔いか動いていなかったためか足がふら付き、よろめいた。
それと同時に1枚のCDを踏み付ける。
・・・彼女買ったヴィジュアルバンドのCDだ。
綺麗な男の顔のジャケットにヒビが入り、僕は可笑しくなり笑い出す。
カバーを開けるとCDは入ってない、多分デッキに入ったままなのだろう。
歌詞カードをパラパラ捲り、あのフレーズを探す。
9曲目。
英語のタイトル……もちろん意味はわからない。
すぐ横にあるリモコンでセットし流す。
一週間ぶりにCDデッキが稼動する。
ヴィジュアル特有の軽いGUITARの音が鳴り響く。


  この世に絶対と永遠なんてない    でもあなたと一緒になって幸せだった
  忘れはしないあなたと過ごした日々  この曇った空の下思いだすでしょう

  もしこの世に絶対と永遠があるなら  一緒に笑ったあの日々を
  もしこの世に絶対と永遠があるなら  一緒に泣いたあの日々を

  安心していた平凡なあの日々を 幸せだと思いたくないから


 僕はデッキと止めて、壁に寄りかかった。
そう、これが彼女の答えだった。
約四年間一緒に過ごした彼女の答えなのだ。
四年前のこの曲を彼女が聴いたときから、
彼女の苦痛な平凡の日々は始まっていたのだ。
そして皮肉な事に彼女の去ったこの部屋には、
もう平凡など存在しないことに、初めて気が付いた……。


 翌月僕はバンドを抜け、バンドを組み再びインディーズに戻った。
刺激を求める、そのツモリだけど。
でもGuitarを弾く僕の口もとには、何年ぶりかうっすらと笑みを浮かぶ。


   ただその喜びを彼女と一緒に味わう事はもう、出来ないけれど。
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