僕と彼女、それとあと一人

 彼女に会うのは3年ぶりだった。見違えるように綺麗になった、とは思わなかったけれど、化粧もせずに人の家に押しかけて、そのままコタツで眠っていた彼女の面影はなくなっていた。それが何だか悔しく思えてしまって
 「撮影衣裳?」
と聞いてしまった。とても男女が再開する時の最初の一言ではなかったと思う。そして彼女は苦笑いをするのだった。

 駅を出ると少し冷たい風が頬を叩き、僕はジージャンの前ボタンを少し寄せた。何時の間にか秋は深くなっており、まだ午後の2時だというのに日差しは少し傾いてる気がした。僕たちは落ち合った東口から、人々の流れにそって目的もなく歩き始めた。
 しばらくして二人で近況を話し始めた。積もる話もあるだろうし、そう言い始めたのは彼女の方であったが、生憎五分の間も埋める事が出来なかった。僕は話す事がなかったし、彼女は余り話さなかった。結局手持ち無沙汰になり、煙草に火をつけて、街の雑踏を聞きながら次の話を考えていた。
 「そう言えばアイツは?」
急に振り返って彼女が言った。相変わらず彼女の話には代名詞が多く、それに述語がなかった。久々に出たこの言葉に、僕は昔と同じように前後の話と結びつけながら、あれこれ考えあぐねなければいけなくなった。
 「ヨッシ?」
 「違うよ。」
 「チャーコ?」
 「誰よそれ。」
思いつく限り言ってみたものの、彼女が満足する答えは出てこなかったらしい。そして彼女は飽きれた感じで、答えを言うのだった。その名前は聞き覚えがあるどころか余りにも馴染みがあり、逆に突然聞かれても出てこない奴の名前だった。それだけ彼とはずっといたのだ。僕はああそう言えば、と納得した口調で言いながら、マジックの種明かしをされた気分になった。
 「アイツならとっくに就職したよ。」
彼女は驚きながらも少し複雑そうに、そっか、と呟いた。結局僕らの近況報告は、就職したか、何も変わらないかのどちらでしかない。前者を選べた人は正解者の様な羨ましさを感じられるし、また不正解者の様な哀れみさえ感じる事が出来る。敢えて一言で言うなら僕たちとは別の人になってしまったというのか。それが妬みだといわれても否定は出来ないのだけれど。
 「いつ頃?」
この質問には容易に答えることが出来た。そのころの話は彼女の事と共に思い出していた。
 「3年前、君から連絡がなくなってからすぐかな。」
そう言って僕は、ほんの少しだけ気まずさを覚えた。別に連絡がなかった事をせめるつもりはないのだが、そう取られる言い方をしてしまったからだ。だから
 「あ、ごめん。」
と謝ってしまう。彼女は不思議そうな顔をして僕の顔を覗きこんできた。
 「いや、手紙くらい出すべきだったなって思ってさ。」
目をそらして慌てて口をついた言葉は、あまりにもありえない仮定の話で、僕はさらに気まずく感じてしまった。

 別に僕らは二人、付き合っていたわけではなかった。もう一人加えて、どうしようもない奴三人、何をするわけでもなく一緒にいた。お金が入ればお酒を飲んで、カラオケに行って、無くなれば僕の部屋で好きな話をしていた。出会いは僕とアイツの仲に、共通の知り合いだった彼女が入りこんできた形で、誰が特別に親しいというわけでもなかった。たまたま高校を卒業してすぐの同窓会で3人とも浮いてしまい、しかたがなく集まった。そして3人で三次会といって僕の家に集まり、当時女優を目指していた彼女はそのまま劇団の稽古に向かったのだ。それが何時の間にか、うちから稽古場まで近い事もあり、彼女はよく泊まりに来るようになり、そのつどアイツが来て、我が家は巣窟となったのだ。けれど突然彼女から連絡が来なくなり、アイツはいつのまにか就職していたのだ。

 「でもそういうような仲じゃなかったから。」
 ありえないというのは、彼女に言わせるとそういうことだ。確かにお互いがお互い、暇な時、思い出したように連絡を取っては集まっていて、それでいて気兼ねしない。実際に僕は彼女を忘れていて、電話が来た時はセールスかカードの支払督促かと思ったほどだから、そういうものなのだろう。
 「それにしてもどうしたんだ?ずっと忙しかったようだけど。」
そして何気なく聞いてみた。すると彼女は目をそらして、
 「まあ、ちょっとね。」
とお茶を濁してしまった。

 今日は休日というのもあり、スーツ姿の人達はあまり見かける事はなく、若者たちの個性的な姿が、街をだいぶ鮮やかに見せている。そんな自分は高校を出た時から変わらず、ジーンズのジャンパーにジーパン姿で、髪の毛だって最後切った日さえ思い出せない。なのに隣を歩いている同い年の彼女は悔しい事にその鮮やかな色に染まっているのだ。
 「あなたは変わらないね」
彼女は半ば呆れながらも嬉しそうにそう言った。だがその言葉は意外にも僕を暗くさせ、目をそらして
 「まあね。」
とお茶を濁してしまった。

 僕達はいつも何かをしなかった。彼女は安定した生活を、もう一人の奴は夢を叶える努力を、そして僕は”何も”しなかった。ただアルバイトをして、1日の生活をして、二人が来れば話を聞いて酒を飲み、あとは日長寝ていたり、本を読んでは1日を終えていた。それは今でも変わる事はなく、相変わらず何もしていないのだ。当時はそれで何の不安はなかったのだけれど、気がつけば一番親しいアイツですら就職をし、彼女はCMや映画に顔を出すようになっている事を人づてに聞いていた。もし近々同窓会が行われるなら、そこには苦労して将来が決まっている奴らと、僕を筆頭に何もしないで置いて行かれた奴らが、グループを分けて話しているに違いない。

 「君は変わったよな。」
少しだけ、胸が痛んだ。
 「うん、少しだけだけどね。」

 余り時間は経っていないのに身体は大分冷えてきたようだ。彼女はいつとりだしたのか、マフラーに顔を埋めながら、重いコートが目に付き始めた雑踏を見まわしていた。僕はどこかお店に入ろうと繁華街の看板を眺めていた。
 「あなたの食べたい物で良いよ。」
先ほどから彼女はそう言っているのだが、焼肉といえば太るといい、ラーメンといったらセンス無しと言って反対していて、さっきから街を徘徊する羽目になっていた。もっとも給料前というのもあり、彼女の望むセンスのお店にはとても連れて行けそうにないのだし、彼女もそれとなく分かっているようだった。しばらくして突然懐かしい思いが胸いっぱいに広がり、鮮明にあの時の事を思い出した。
 「前にもこういう事なかったっけ。」

 たしか3人で散々お酒を飲んで、翌日の夕方に”朝”を迎えた日だった。彼女が突然起きてきて、お金が無いくせにお腹空いたと言い出したのだ。その日暮しの僕にとって、3人分の食料なんて買い置きしているわけはなく、ましてファミリーレストランなどで食べるほどのお金もなかった。それでも僕自身お腹が空いた事もあり、もう一人をたたき起こし、二人のあり金全部持って外へ出たのだった。そして金銭面と満足面で計上した結果、とある店に着いたのだが、彼女に猛反対されてしまったのだ。

 「確かにあのときはあなたの好きなものって言ったけど、変な物を食べようとしたんじゃなかったっけ?」
 「でもお金無くて贅沢するんだったらあれが1番良いと思うよ。」
彼女はそうだったっけ、と呟きながら必死にあの時を思い出そうとしていた。
 「それなら今日はお金あるの?」
僕が聞くと、彼女は少しうつむいて言いづらそうに
 「まぁ、ないってほどじゃないけど……。」
といった。
そう言えばその言葉を信じて彼女と食事に行くと、結局僕が大部分を出す羽目になるのだ。
 「んじゃ決まりだ。」

 日が落ち始めた街の人ごみを分けながら、僕は目的地に向かって歩き出した。彼女は渋々と後ろからついて来ていた。周囲にはどう写っているのだろうか。幸せそうだろうか、それとも喧嘩をしているように見えるのだろうか。僕にはあれから3年の月日が、彼女を遠く異質な物に変えてしまった気がしていた。けれど彼女は何も変わってなんかいなかったのだ。ただ僕の中の、僕と彼女が変わってしまったのだ。異質な組み合わせで、彼女は女優で僕はフリーター。一緒にいてはいけない気がしていたけど、でも一緒にいると楽しいのだ。
 「どこにいくの?」
彼女はついに小走りになっていた。きっとお店に着いたとき、彼女は目を皿のように丸くしてから、あの時のように気持ち悪いって言うんだろう。でも僕はそんな異質な組み合わせが大好きで、3人が一緒にいる時もずっと大好きだった。異質で信じられなくて、それでもいつでも満足する、今はコロッケそばが食べたくてしょうがない。

BACK