地元(ある日の出来事)
 出かけ先から帰宅すると、テーブルに封筒があった。
その封筒には、母は旧友の家にいるという事と、
帰りは深夜にまで及ぶという内容が書かれた紙きれ、
それに少々の小銭が入っていた。
つまり晩飯は適当に食ってくれという事だ。

 俺はコンビニや近くの喫茶店のハンバーガーには飽きていたので、
中浦和駅の側のうどん屋で晩飯を食べる事にした。
その店は俺がこの場所に住みはじめてから暫く経って出来た店で、
俺はまだ1回しか行った事がなかった。
日本風の古風な作りの家で、それに合わないガラス戸にのれんがかかっている。

 ガラス戸を開けると中は意外にもせまく、
一歩踏み入れただけでテーブルに足をぶつける程だ。
中にいた人は中央のテーブルに座る3人だけで、一人は酒で紅くなった60位の男、
後の二人はこの店を経営する老夫婦である。
取り合えず入って右の席に座り、品書きを眺める。
腹が減っていたので、丼物を注文する。

 その後、手持ち無沙汰になり、仕方がなく近くの新聞に手を伸ばし、
それを読み始めた。


 厨房に入っていった夫妻に取り残された顔の赤い男が、
しきりにこちらの方を見ているのに気がつく。
どうやら御指名らしい。

 自慢ではないが、俺はよく酒の入った人の話相手に選ばれる。
一人で店に入ると大抵、周りに人がいようといなかろうと、話し掛けられるのである。

 「兄ちゃん、音楽やっているね。」

男はそう言って話掛けてきた。
俺自身暇をしていたし、話を聞くのは嫌いではないので、新聞を置いて答えた。

 「よく解かりますね、そういう風に見えますか?」

すると男は笑いながらギターを弾く真似をすると、
おうよと答えて自分の席の隣に俺を呼んだ。
なんか楽しそうな人だ、そう考えて隣の席につく。

 「何の楽器をやってるんだ?」

 男は真っ赤に染めた顔を向けて、また話掛けてきた。
知らないかなっと思いながらも、ベースをやってますと答えると、
またギターを弾く真似をして、ニコニコと顔を歪めた。

 「お前知ってるかい、文化センターの坂登った所の……。」

男はえーとなんだーそのっと言葉を詰まらせ、そしてわっはっはと笑った。
そして厨房に向かってコップをくれっと言うと、飲めと俺の前にビールをだした。
折角なのでコップに注がれたビールを飲み干すと、
男は愉快そうに笑い、また注ぎ始めた。

 「音楽はまだやっているのか?」
 「いえ、高校の時までです。今は他にやりたい事がありますから。」

そう言ってビールを少し飲むと、男はそうかそうかと頷いて、煙草を取り出した。
そして火を付けずに暫く煙草を見つめると、急に俺の方に身体を向けて、
  
 「俺には息子が二人いるんだ。」

と言い、真顔になって俺に話し始めた。


 男曰く長男はきちがいと言える程の音楽好きらしく、
高校の時から家で一日中エレキギターを鳴らしていたそうだ。
その為に近所からの苦情が耐えず、男は長男にこう言ったそうだ。

 「お前はどうして騒音を掻き鳴らすのが好きなんだ?」

すると長男は真剣な顔付きで男に

 「俺は音楽が好きなんだ。高校辞めてでもプロに成りたいんだ。」

と言ったようだ。


 俺はふむふむ頷き2杯目ビールを流しこみ、目の前に置かれた丼を食べ始めた。
男はそんな俺を見ながら、酔っ払いの相手させて悪いね、飯がマズくなるだろう、
と笑いながら言ったので、俺はいえいえ、と首を振り話の続きを催促した。

 「だから俺はよ、そうか、それじゃ好きにしろって言ったんだ。」

男は満足そうにそういうと、俺の空いたコップにまたビールを注ぎ始めた。

 その後男は長男の為にと学校の体育館や文化センターに頼みこみ、
息子達の為に使わせてもらおうとしたらしいが断られ、
けれども文化センターを越えた所にある、スタジオを借りることが出来たそうだ。

 「だがよ、結局あいつはプロにはなれなかったんだよ。」


 男はビールを飲みながらしみじみと呟いた。
俺はその時、丼に乗っかった海老天に箸を伸ばした。
男の話はまだ続く。

 「それなのに、アイツは自分の猫にレノンと名付ける位の音楽好きでよ、
  自分の金でアメリカやイギリスに飛んで勉強して来やがったんだ。」

さっきまで少し沈んだ感じだったのに、今度は急に大声で笑いだし、
幸せそうな顔をして、俺にコップを持たせ、乾杯させた。

 「で、その、なんだ、いー、いー、ベースで有名の……。」

男は忘れちまったっと笑うと、ビールを飲み干して、俺に注がせた。
男の話はまだまだ続く。

 彼の次男は原宿の歩行者天国でギターを弾いたり、踊ったりしていたらしい。
全く馬鹿みたいだったがと男は付け加えるが、それでも顔は幸せそうだった。


 俺は海老を食べ終えると、一緒に付いてきた味噌汁で残ったご飯を片付けた。
すると男は急に思いだした様子で、

 「そうだそうだ、ESPだ。」

と叫びだした。

 どうやら長男はESPに勤めているらしい。
そしてそこで仕事をすると同時に、かつて使っていたスタジオに投資し、
機材などを増やして、コレからプロを目指す人達のサポートをしているらしい。

 「好きな事を熱心に出来るって凄いですね。」

と感心すると、男はまるで自分が誉められたかのように、喜ぶのだった。
そして俺の目をじっと見詰めると

 「好きな事があるならきちがいな程、打ち込まなきゃ駄目だ。」

と言い、そしてお前いい目をしているぞっと言うと、煙草にやっと火をつけたのだ。


 食事が終わり、コップに注がれた3杯目ビールを飲みこむと、
男は再び俺の方を向き、酒は好きかと尋ねた。
俺は好きですと答えた。
すると男は笑顔になり、俺のコップに4杯目のビールを注ぎ始めるのだった。
ちなみに俺はこの段階でかなり酔っていた。
続けて女は好きかっと尋ねてきたので、もちろんと答えた。
すると今度は彼女はいるんだな色男だし、と呟いたので、
悲しいがそれを否定した。
男は意外そうな顔をしてくれた。

 それから暫く店内のテレビの音を聞きながら、残った漬け物を突っ突いていると、
男は真剣な顔をして、俺にこう言った。

 「薬はどうだ?」

薬……ああ、麻薬か、と思い、頭が壊れるのはヤダから絶対しないと答えた。
男は自分の腕を俺の目の前に突き出し、絶対に駄目だぞ、と言った。
最初は何を意味しているのか解からず、ぼーっと酔いに任せて見つめていたが、
男が針を刺す真似した場所を見て、初めて解かった。
男は経験者なのである。

 「好きな事をやっていいが、人には迷惑をかけちゃいけない。」

男はそう呟くと、腕をしまって煙草を吸い始めた。


 4杯目のビールを飲み終えた頃、そのセリフは父も言っていたな、
と思いだしたので、その話しをしてみた。
そうかそうかと嬉そうに男は頷くと、今度は彼自身の昔話を始めるのだった。

 「俺はB-29や大和、ゼロ戦と同じ生まれでよ。」

その語りがすごく印象に残った。
(年代に少々ズレが在る事はこの際無視)

 だが戦争中の事は覚えていないのか、その後の話が中心だった。
喧嘩、暴走、麻薬、強姦……男は若いころ悪行の限りを尽くしていたそうだ。
その話を一気に話すと、人に迷惑ばっか掛けて来たなっと呟いた。
そしてこういうのだ。

 「だけどな、俺らの頃は落ちこぼれでも手を伸ばしてくれる人がいたんだよ。」

そう言い終えると、特に女が多かったがっと付け加え、大笑いをした。
俺もつられて笑うと、お前、変な事考えてるなっと突っ込まれた。
男の話はまだ続く。

 「でもお前達は可愛そうだよ。落ちこぼれれば誰も相手にしない。
  自分が悪いんだろって言われる。」

そして俺の顔を見ろっと男が言うので、その顔をじっくりと見てみた。
するとその顔は沢山の傷痕があり、そして歯はボロボロだった。

 「お前達はこうなっては駄目なんだ。」

 一通り話し終えた男は、目敏く俺の空になったコップにビールを注ぎ、
飲むよう促した。
俺はそれで完成である。
眠気と酔いで一言二言で返事をするのがやっとだった。

 朦朧とする意識の中で、男はこうも言っていた

 「人の一番の罪は殺しじゃない。あれは一瞬の感情で生まれるだけだ。
  だけど嘘や人を騙す事、あれだけは絶対にいけない事だ。」

俺は肝に銘じますっと大声で答えたと思う。

 暫くして、少しは喋れる様になったので、俺はさっき上げた父の話をした。
俺は自他認めるファザコンなので、こういう時は必ず話してしまう。
その話を終えた後、最後にその影響で物書きなんか目指してるんですよ、
と付け加えると、男は涙ぐみながら、そうかそうかと俺の背中を叩くのだった。

 その後、男は同じ内容の会話を幾度となく繰り返した。
俺はそのたびに、男の目を見て解かります解かりますと答え、
こっちが何が話す事に、お前は良い青年だっと嬉そうな顔をする。
……完全に酔っ払いの会話である。


 少し酔いが引き始めたころ、男は俺を家に誘った。
だが流石にそれは気が引けたので、丁寧に断った。
すると男は、襲わねーから安心しろと言い、突然財布を取り出した。

 「いいか、内緒だぞ……。」

そう言いながら、ケースに入った錠剤を取りだし、俺に渡してきたのだ。
何だコレは、とビックリしてケースの裏を見ると……。
バ●アグラ。
と書いてあった。

 俺は言葉を失った。
というか、どう反応して良いかわからなかった。
そして何故それを突然取り出したかは今になっても解からない。
取り合えず作り笑いをして、それを返した。


 何とか誘いを断ると、男は、それじゃ奢らせろというので、お言葉に甘えた。
そして俺とであって儲けたと思ったか、と聞いてきたので、
俺は少し気取って、このまま今日の事を忘れたんじゃ無意味です、
何かの糧になれば儲けですっと答えた。
男は良い事言うねぇと笑うと、つぎのビールを注文した。
うーん勘弁、俺はいい加減気持ち悪くなっていた。

 そして男は俺の名前を聞き、俺は答えると、忘れないでくださいね、
俺はこの名前で有名になりますから、と血迷った事まで言った。
男は満足そうに、よし、いつか奢れよ、と言って次のビールを注いだ。
それを一気に呑み干すと、握手をして店をでた。


 帰宅後、胃薬を飲み、PCに向かいこの出会いを思い出しながら書くが、
どーでもいい酔っ払い同士の騒ぎみたいな感じになったので、
ちょっと凹む。
まぁ久々に良い刺激になった。

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