地元

浦和という所に住んでいる。
某サッカーチームで有名であり、新幹線の通らない県庁所在地で有名だと思う。
そして首都圏の県庁所在地だからっと
煌びやかな繁華街を想像する人がいるかも知れない。
俺としては嬉しいのだが、あいにく駅前にはそれらしいが古い駅ビルと
下町っぽい商店街があるだけである。

ついでにいうなら俺の住んで入るところは「浦和の七つの駅」の中でも
1・2を争うマイナーな場所で、同じ県民、しいては市民ですら知らない可能性もある。
駅には改札一つだが、周りを見渡せば駅前らしい建物が見えるには見える。
生活をする分には申し分ないのだが、生活を彩るお洒落とか趣味とか
そういう方面ではまったく活躍できない場所である。


ただし自慢出きる所がある。
駅を降りて直ぐに大きな公園があることだ。
(心ない友人に「やっぱり森があるっ!」と言われたのは複雑だった)
浦和の三大公園の一つ(なんか自信がないが)である「別所沼公園」がある。
沼と言っても人工沼で、お世辞にも綺麗とは言い難いのだが、
夜の風景は東京の有名公園のそれと同じくらい綺麗なものである。

沼に映し出される、オレンジ色の電灯の光やぼやけた月。
奥に行けば行くほど静かな木々、それを装飾する黒い闇。
またその木々や沼をぼんやりと煙草を吸いながら眺める人々。
全てが一つの風景として、その場所に描かれている。

多くの人々が思い思いの時を過ごす、絶好の場として地元で愛されている。

ただしそこにある木の殆どが杉なので、地元の人達は皆、春にマスクは忘れない。
公園はマスクをつけた人々で溢れ返るのも、風景の一つ……かもしれない。


その公園の入り口の向かいに歩道がある。
桜並木とあじさいに飾られた歩道である。
この地に来て14回の満開の桜並木と雨に濡れたあじさいを見てきたことは、
もはや俺にとって自慢の一つである。
毎年多くの人々がこの道を、より親しみ深いものにしようと手入れをしている。
その人々の光景を見る事が出きるのも、間違いなく地元民の特権であろう。

ただし夏は虫が多い。
これだけは我慢する必要がある。

そして冬は閑散として悲しいものである。
この時期だけ、俺は地元にいるのが辛くなる。
その歩道の悲しさを、うまく雪が埋めてくれる時が待ち遠しいものだ。


何よりも人を呼びたくなるのは、
公園入り口の向かいで並びにある、去年できたバーガーショップである。

近辺は閑静な住宅地とは言ったもので、駅で降りる人殆どは地元民である。
別所沼に来る為に降り、この地で休暇を過ごす人は稀であろう。
それなのに何故かバーガーショップができたのである。

けれどもこの駅前にハンバーガー店というものがない事と、
そこらのファーストフードよりも美味しい事で、地元の人々は愛用している。

俺的には店の雰囲気に統一性があって好きだ。
「Forest」―名前の通り森をイメージしている。
森は森でも暗くジメジメした感じでなく、陽光が射し込む森の広場のような感じで、
何だか店にいるだけで明るい気分になる。

近所にこんな感じの店がないし、個人的に気に入ってるので、
「俺のお気に入りの喫茶店」と人に勧めてしまう。


とはいえ最初っから気に入ってた訳でなく、
何度か通っているうちに好きな店になった訳で、
結局は愛着のような感情なのかも知れない。


公園にしろ並木道にしろ住んでいるからこそ、
愛着があり美しく見えるのかも知れない。
ひょっとしたらもっと綺麗な所が俺の知らない所にあって、
そっちの方が俺には感動が多いかも知れない。

それでもやはり14年住んで、育ってきたこの土地、地元を離れたくはない。
やはり見慣れていて動きやすく、どこにいても落ち付け、愛する事ができる。
言ってみれば俺自身がこの地元の一つであるような、そんな感情を失いたくない。


だが残念な事に俺は多分、来年この地を離れる事になるだろう。
知らない土地を地元として受け入れ、その風景になるように生活をするだろう。
すると今の地元はどうなるのだろうか。

多分その時初めて、この地をいとおしいと思えるという事で、
地元から「故郷」と言えるのでないだろうか。


来年の春まで俺は浦和が地元である。
いつか旅立ちそして戻ってくる時に、多くの想い出として再会する為に、
今はもっと多くの場所や人や風景、地元を見ていようと思う。

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