学校に行った。(嫌な思い出)
某県立某国際高等学校。
周りに自慢出来ることと言えば平和であった事。
在学中に起きた問題といえば傷害事件1件のみ。
しかもこちらは被害者だった。
周りからは優秀なお坊ちゃんお嬢様高校でとおってたらしいが、
俺とかY樹が通っていたんだから多分気のせいだろう。


野暮用があって3ヶ月ぶりに高校に行く事になった。
母校である訳だから、少しは喜びとか懐かしみとかあるはずだけど、
俺は酷く憂鬱だった。

何よりも駅から遠い。

病み上がりの身体に加え、元来の怠け性分。
お金があればタクシーとか気の効いた乗り物など使うのだが、
生憎そこまでの金はない。

それでも今日中に済まさなければいけない用事なので、
仕方がなく出掛ける事にした。


近くの駅まで自転車で5分。
時間はもう午後の3時なので、スーパーの自転車置き場をお借りする。
以前は駐輪場を借りていたが、もう行く事はないだろうっと解約。

滅多に使わない武蔵野線のホームに向かう。
高校に通うまでは一度も使った事がなかった電車。
それに7分くらい揺られ、高校に行くまでは一度も降りた事のなかった駅へ行く。
この駅は個人的に気に入っているのだが。

理由は駅前にすごく美味しいカレー屋がある事。
富士銀行が駅前にある事。
スタジオ・ゲーセンまである事。
何より駅の側に俺的センスのマニアックな品揃えの本屋がある事。

だがどんなに気に入っていても、用が無いなら訪れる事はない。
乗換駅だから、高校の友人と会う時はいつも通るけれど。

そこから高校は入るまで知らなかった東武東上線に乗りこむ。

ちなみに電車は強い。
何が強いかって言うと、俺が在学中遅れはしたものの止まった事は
3年の冬の一回しかなかったからだ。
地元民の人の話だと、スト以外の理由で止まる事はないそうだ。

5分ばかり揺られると、高校最寄の駅に到着する。
こういう場合、駅から出ると「ここもかわらないなぁ」っとしみじみするものだが、
本当に何も変わっていなかったので、
逆に在学中と同じように「ああ、また歩くのか……」という感想がでる。

この時期の日差しは強い。
だから登校は最悪だった。
何せウチは六月の頭まで登校中ブレザーの着用は必ずだったので、
20度後半になる夏日は一息で登校するのは難しかった。

薄着して来て正解だ。
卒業生の功。


駅からあの時と同じ道を通って学校に向かう。
登校は大体Y樹君と一緒だった。
そして会話も毎朝一緒だった。
「……学校ダルイな。」
「……ああ。」
「俺帰ろっかな。」
「お前単位大丈夫なん?」
「……今日体育あるじゃん。やべぇ。」

コレが高校生らしい会話(違

それにしても本当にだるかった。
17分懸命に歩き、学校に到着する。
白くて綺麗な学校……これは四年くらい前の感想。
実際入ると結構ヒビが入っている。
これでも築12年かそこらの新しい学校だが、通っているウチに段々古く見えてきた。
結構そーゆーものらしい。


さて俺は晴れて来客扱いになるわけだ。
そんな訳で来客用玄関に向かう。
丁度その時学校は掃除の時間だったらしく、
初々しい制服を着た生徒達で埋まっていた。

そして一斉に俺を見る……。
取り敢えず先輩っぽくにこやかに笑みを見せる。
……目を反らされる。

何だかショックを受けた俺は、兎も角職員室に向かった。
すると途中に早速俺の事を知る教師にで会う。
しかもよりによって元担任。
「あ、誰かと思ったら。勉強してるか?」
第一声。
「ええ、まぁそれなりに。」
嘘、全然してません。

用件を話すと取り敢えず職員室へ行けとの事。
ついでに来客用スリッパを履けって事も言われた。
だが見当たらずに俺は靴下のまま2階にあがった。


さて上がってみたものの、職員室というのはどうも苦手だ。
何よりも俺は知られすぎている……。
目の合った教師全てに「勉強してるか?」と聞かれるのはなかなか憂鬱だ。
だから職員室の入り口から、中から見えない位置より用のある教師を捜す。
すると後方から「おう、お前、勉強してるか?」っと声をかけられる。

作戦はどうやら失敗の様だった。

よりによって一番会いたくない教師に会う派目になる。
「ええ、まぁそれなりに……(してません)。」
嘘は付いてない、多分。
なんとか2,3言で開放される。

さて再び中の偵察に入る。
どうやら外出しているらしく、しばらく時間を潰す必要があるようだった。
こうなったら司書さんの所にってコーヒーでもご馳走になろうっと下に降りようとする。
すると近所のおばちゃんそのものの口調で
「あらぁ、元気で勉強してる?」と声をかけられる。


ちなみにこの先生の雑談は長い。
長いってものではない、まさにおばちゃんの話しだ。
取り敢えず会釈だけして横を過ぎようとする。
丁度真横を越えて「よし!抜けた!!」と思った瞬間。
「そうそう、聞いてよ。」
と話しが始まってしまった。

「今、国際理解委員の委員長のハシモト君がね。」
誰ですかハシモト君。
「路上演説とか交流会とかで頑張っているのよ。」
なぜ俺に話す必要が……。
「それでね、彼は何で一生懸命やってると思う?」
奇特だから。
「何でもね、前回の図書委員長の活躍に憧れたらしくって、
僕は図書委員長さんのようになりたいって立候補したらしいのよ。」
マジか。
「って俺っすか??」
「そうよ、アンタ以外に誰が前図書委員長だったのよ。」



確かに俺はその高校で伝説を某Y樹に勝るとも劣らず作ってきたが、
尊敬されるような行動はしたためしはない。
まして図書委員長時代と言えば、
大体の企画は俺の采配ミスで失敗したと思っていた。

というか、大体の俺が中心となる企画はいつも失敗した。
いつもいつも一人よがりで、そのくせ俺自身手に負えなくなるのだから最悪だ。
実はそれで自分が嫌になり一年の頃、休みがちになり成績が落ちた事は今だから言える。
(最大の理由はネットを始めたからだが:笑)

一年の頃は俺が中心になって文化祭で劇をやった。
もはやコレだけの事になっているのだが、
それで学んだ事は良くも悪くも今の自分に反映されている。

3年になり文化祭に図書委員会企画を出した。
コイツは今でもどうしてこんな事をしたか解らない。
多分汚名返上を心内で考えていたのかも知れない。


時に俺は謎の克己心が生まれる事が多々ある。
失敗して出来なかった出来事を「今なら出来る!」と突然思うのだ。
良い例がバスケット。

中学時代ずっと補欠で「俺にゃー、スポーツは無理だべ。」と悟ったはずなのだが、
高校に入って急に「基礎から始めれば才能が開花するかも知れないっ!」と思い入部。
結果は怪我で夏を丸々潰してしまい、チームプレイに参加できずに退部。
いや正直言えば、逃げ出したっと言っても過言ではない。
別にスポーツは特にバスケは嫌いではなかった。
現に辞める前日まで朝練(自主トレ)には参加していたし、夜はジョギングをしていた

ただその時期、丁度文化祭が失敗に終ったその時、全てから開放されたかった。
っというか、これから何をどう頑張っても成功するとは思えなかった。
そして本当に逃げ出した。
バンド・部活・クラス行事。
全部辞めた。


そんな時期があった俺にとって、何かを背負うって事は2度とやりたくない事だった。
だけれど思っちったんだな、きっと。
「今なら出来る!」
って。


結果は最悪。
バンドと掛け持ちで会議はどっちかを優先させるしかなかったし、
何よりもバンドの方が巧く行ってなかった(つーか、俺が原因だったがな)。
結局また一人で勝手に物事を周りから奪いとって潰れたね。
司書の先生にはその事でしょっちゅう怒られた。
「うぬぼれんじゃない!」
っと。今思うと鬼の様にいろいろ言われた気がする(笑)

でも当時は周りの人なんぞ信用できなかったな。
結局周りは人任せで、その人がこなせなければ文句を言う。
さてそいつに仕事を任せようなら、何かに付けて逃げ様とする。
こんな奴らに任せるくらいなら、俺がやるわ。

っつのは結局自惚れだった。
こーゆーのを解かった上で人を使える人が、責任を背負えるんだと思う。

そんな感じで図書委員会は空中分離を始め、
結局予想よりもずっと安っちいものになった。
周りは上出来って言ってたけど、俺はもっと出来たような気がする。
そんな事を言えば真っ先に攻められるのは俺だから言えなかったけど。



で、
「俺は何にもしてませんよ。」
と言うのが素直な感想。むしろ足を引っ張った。
「何言ってるの、君の行動はシッカリ後輩が見ていたんだから。」
そこまでいうのなら否定はしてないけど、
俺にはハシモト君のほうがずっと立派だと思う。

しばらくして居た堪れなくなって、適当に別れを言うとそこを離れた。
やっぱ来るんじゃなかったなぁ、っと本当に思った。
思い出って奴は他人に穿り返されるもんでなく、自分でゆっくりと溶かしていくものだ。
なんかそう強く思った。



「学校へ行った2」に続く……のかな(笑

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